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人生二回目のSHOCKの感想



人生二回目のSHOCKに行ってきた。感想は書くつもりはなかったが初回と受けた印象があまりに違うので書きたくなってしまった。


チケットが家に届いてまずすることといえばネットで座席表を検索し自分の先がどこらへんかを調べることである。家にいたのでチケットを郵便屋さんから自ら受け取りドキドキしながらハサミで慎重に開封。チケットを見る。おっ、列は10数列目か。問題は位置である。速攻で梅田芸術劇場のホームページに飛び座席を調べた。

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(注意・とてもアバウトにシルシ付けてます)


ここらへんか。んーちょっとセンターからはずれる位置である。前回の帝劇も逆側の端の方で光一さんが前の人の頭で見えづらかったので残念ではあるが、夜の部とはいえ初日に行けるのだ、わがままは言うまいと友達には「ちょっと見えづらい席だけどごめんね」とLINEをした。


京都駅前のホテルに荷物を預けワクワクを抱えながら大阪行きの電車に乗った。梅田駅周辺で迷い、大阪に来たというのに「舞台の前に揚げ物はね〜やめておこう」と串カツを無視しパスタを食べ、梅芸前のLOFTで時間を潰し雨の中梅芸へ。雨の中持って帰るのもなかなかきついサイズのパンフを無事購入し自分の座席を探しに向かいました。事前に確認した大体の位置に行ってみたら自分の番号がない。あれ?おかしい。わたしの席はどこだ。あれ?

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どセンター。

あらかじめこの席だと予想してきていたら多分違ったのかもしれないがわたしは今回も光一さんの横顔を見るつもりでいたのだ。無理無理。えー無理。えー無理。無理を連呼してるところで開演。


結論から言うとやばかった。帰りに息を吐くようにやばいしか言ってなかった。SHOCK終わったら急激に頭悪くなってた。

前回のSHOCKは大体の流れは知っていたが細かい演出は全く知らない状態で観劇したため「すごい…」って感想だけで終わった。今回は流れは掴めてるし細かい演出も知ってる、なんならBlu-ray何回も見て予習バッチリだったためずっと「これ、、進○ゼミでやったところだ!」状態。気持ちに余裕があるので細かいところまで観れた。

結論から言うと光一さんをまた好きになった。
Blu-rayでもカメラワークが移動するのでずっと正面からとらえることはできない。Blu-rayを見たときから一度でいいから真正面から最初から最後までSHOCKを観たいと思っていた。それがまさかの観劇2回目で叶う。正面から見るSHOCK最高かよ…!って梅田で大の字になるところだった。お巡りさんに連れて行かれる危ない。何が最高かってずっと目線の先に光一さんがいる事だ。ステージの中心に。センターに立ってダンサーを引き連れて踊る光一さんを見るたびに涙が出そうになる。夜の海ではマスカラが落ちないように必死に涙をこらえていた。好きだ。初回よりもっとSHOCKが好きになった。わたしはキンキも大好きだという前提で聞いてほしい。語弊を恐れずに言うのなら、わたしは光一さんがセンターに立つステージが好きだ。彼がステージの中心に立った瞬間、あの世界は一瞬にして彼のものになる。完成されたステージを見る快感。また観たいという感覚すら愛おしい。

一番印象が変わったのがHigherかもしれない。コウイチのカリスマ性をダンスのみで表現されるあの空間。圧倒された。特に辰巳くんを自然に目で追ってしまっていたのだがとてもいい顔をして踊っていた。コウイチがもどってきたことがうれしい!またステージに立てて嬉しい!辰巳くんの顔がそう言っていた。ちょっと辰巳くんに恋に落ちかけたのでその点については本人を体育館裏に呼び出して責任を追及したい。



SHOCKを見るたびになぜこのエンターテインメントを15年見過ごしてきたんだろうと思う。でももう過去はどうにもならない。今からのSHOCKを見るしかない。
ずっとこれからもずっとSHOCKをやり続けてくれ、走り続けてくれなんて言わない。光一さんがやりたいと、まだ走り続けたいと思ってやってくれている限りは劇場に足を運びたい。



来月は剛さんのソロコンだ。はぁー、KinKi Kids超楽しい。(最後が雑)

人生初の光一ソロコン感想〜こーちゃんて呼べました〜

KinKi Kids 堂本光一 ジャニーズ


8月1日(土)、横浜アリーナにておこなわれた堂本光一さんのコンサートに初めて参加しました。
キンキとしての光一さんは見たことがあるし、SHOCKも先日デビューしたのですが、堂本光一のソロコンサートは初めての体験でした。

以下、若干のネタバレを含む可能性があります。


土曜アリーナ席、日曜アリーナ席で両日ともステージの正面の席でした。どのコンサートも正面から全体を把握したいタイプの私にとっては理想の席で歓喜だったのですが、想像の数倍光一さんのステージはすごかった。とにかく照明。照明がすごい。ぴーってなってぴしゃーってなってぎゅーってなってしゃーってなる。どうだ伝わらないだろ?私だって伝えたいが、言葉が見つからないんだ許して欲しい。

それがオープニングからガンガンわたしに衝撃を与えてくる。隣にいた友人曰く「ペンらを胸の位置に握りしめたまま地蔵のように固まっていた」らしい。わたしにとってOPは映像がながれて今からこの映像の人出てくるキャーーー>_<って気持ちを高めるものだったので、照明だけで「なんかくる…うまくいえないけどなんかくる絶対すごいもんくる…」って思わせる光一さんすごいなって思いました。(作文)


細かい感想は割愛するがとにかく光一さん見てたはずなのに気づいたら照明見てた…ってことが多発した。光の一つ一つが生きているみたいでそれらが光一さんの美しさを際立たせるという使命を全うしてるように見えて、照明を操ってるスタッフさんにも照明自身にも感謝しか浮かばなかった。

 
個人的に特記したいのが「星のバルコニー」である。土曜のアリーナ席ではすぐ横に吊り橋が降りてきて「ここで???あの王子様ソングの星のバルコニーを歌うの???」ってパニックに陥ってる間に光一さんが私の前にくる寸前で吊り橋が上に上がり始めて感情の起伏が激しくてあまりちゃんと見れなかった。だけど日曜、前日の席のほぼ真上のスタンド席。つまり光一さんが吊り橋で上がってくるところの席だった。しかも今回は事前知識がある!構えられる!と思ったがダメだった。



どんなに本人が否定しようが、もうキャラ的にきついと根をあげようが、口からおじさんみたいな言葉が多く出ようが顔面が圧倒的に王子様なのが光一さんである。そんな王子様に「瞳を閉じて 甘い口づけを  光る銀河に託した物語今宵始めよう 愛し合ってる ふたりだけの 星のバルコニーで」って目の前で歌われたのだ。しかもその歌詞のあとに土曜は気づかなかったが天井に満天の星空が浮かんだ。名前の通り「星のバルコニー」だった。ずるい、この演出はずるい、ずるい、ずるいずるい、さっきまでTHEジャニーズな片方長袖で片方袖なしの衣装着てたのにこの曲でVネックにジャケットに衣装替えするのずるいずるいって駄々をこねたい気分だった。何に対して駄々をこねたいのか自分にもわからないがずっとずるいずるいって思っていた。次の曲が記憶ないくらいには思っていた。


本当にたくさんのこと記述したいがコンサート中にメモを取るスキルを持っていないので断念せざるを得ない。とにかく最高だった。光一さん好きになってこの世界を知れてよかったって新横浜の駅で大の字になって言いたいくらいに最高だった。


コンサートに行く前、わたしは「こーちゃん」と呼ぶことに抵抗があるとツイートした。意外に反響があり私と同世代の方からはどうしても「光一さん」と呼んでしまうという共感をいただいた。私が光一さんを好きと思ったのは光一さんが34歳の時だった。あれ、事実を羅列しただけなのに恋愛小説の書き出しのような文面になってしまった。事実だからこう書くしかない。とにかく好きと認識した時すでにかれは「光一さん」だった。「こーちゃん」と呼べない感じの、大人な男性だった。私から見れば。

だから「こーちゃん(パンパン)」ていう手拍子も照れずにできる自信がなかったのだが、始まってみれば普通に「こーちゃん♡」って呼んでた。前日までの葛藤なんだったんだろうと思うくらい自然に。魔法にかかったように口から「こーちゃん」ってでてきて我ながら怖かった。
これは完全に光一さんがわるい。MCに入った途端急に可愛くなるのが悪い。暴言の裏にファンへの甘えがある。こういう反応返してくれるだろうという甘えを感じる。ファンがいつも通りの返答をした時ちょっと笑うのやめてほしい、かわいいから。ずっと一人で苦手なんだよなぁって言いながらMCしてくれてるのもたまらず抱きしめたくなる可愛さだった。16下が何言ってるんだって思われそうだが、声を大にして言いたい。かわいい。
しかし公演が終わると光一さんに呼びに戻ってしまう不思議さ。あの時間が夢の時間だからなのかなんなのか。





本人が言うように三年後にまたソロがあるとしたら、その頃私は社会人1年目である。絶望しかない。社会人の光一担のかたはどのように時間をやりくりしているのか一回講義を開いてほしい。当方、切実です。



まだ見ぬ次をそっと祈りながら、まず来月梅芸に行ってきます。

中学二年を嵐全盛期とともに過ごした私たちのその後

ジャニーズ


小学生から中学生へ、恋だの愛だのを覚え始める時期。すぐに同級生とカタチだけの「付き合う」を経験したがる時期。ジャニーズや女性アイドルにハマるやつが量産される時期。それが中学生の年頃だと思うのだ。その年頃に嵐がブレイクした。私が中二の時が彼らの10周年だった。当然、嵐にハマる人が続出した。30人規模のクラスにオープンにしてる「アラシック」は5、6人はいたし、ひっそり応援してる人もきっといただろう。もちろん嵐以外のグループ(例えばHay!Say!JUMP)にハマる人も少なくなかった。給食のときの校内放送でよく嵐の曲が流れていた。曲が流れるだけで大歓喜、「◯◯(アイドルの名前)って歌が下手〜〜」などいう男子にファンが本気で切れる、そんな光景も少なくなかった。そんな時期と嵐の十周年が重なりわたしの周りではジャニオタ予備軍が大量発生した。そして今年、わたしの学年は成人を迎える。あの頃ジャニオタ予備軍になったわたしの友人たちは今どのような道を歩んでいるのか、ふと考えてみたら少し面白かったのでまとめてみた。


①A先輩の場合

A先輩はわたしの一個上でわたしを本格的にオタクの道へ落としてくれた人だ。A先輩に誘われてわたしは初めてグッズというものを買いに行った。中二の夏である。そう、5×10。炎天下の中5時間近く並び「しょうくんの団扇ください。」と照れながら言った淡い思い出。大奥もガンツもその先輩と見に行った。偶然同じ学校に進学し、先輩が高2でわたしが高1のときはじめてわたしは嵐を生で見た。なかなかいい席で肉眼で櫻井くんが生きていることを確認し、涙を流したのを覚えている。結構濃い時間をその先輩とは過ごしたのだが、そのイベントを最後に自然に遊ぶことはなくなった。簡潔に言えば先輩がオタ卒した。「迷宮ラブソング」が出た頃「今応援してるバンドがあるんだぁ」と目を輝かせて言っていた。その先輩との思い出にははいろんな初体験が詰まっていたのでその発言がちょっぴり悲しかったのを覚えている。最後にその先輩を見たのは一昨年か。彼氏と仲良く歩いていた。おしあわせに、と思った。


②中学時代強火だった同級生Bの場合

Bは大野担だった。Bの従兄弟がファンクラブにもともと入っていたこともあり彼女は5×10に参加もした。コンサートの次の日の学校で興奮気味に話す彼女が羨ましくて仕方なかった。もともと仲のいい友人ではなかったが同じ趣味を持つ以上よく話はしていた。彼女は祖母に「魔王」や「歌のお兄さん」のDVDBOXを買ってもらっていた。中二のお小遣い月1000円だったわたしにとってそれはとてもとても羨ましかった。「あのメイキングがね!!!」彼女はよく私に言った。コンサートDVDもたくさん買ってもらっていた。「◯◯円で貸してあげる!」と言われたがそのお金が彼女が違うものを買うお金になるなら地味に自分でためてやるとむかしから好きな人に直接的にお金を使いたいたい思うタイプの私はその誘いには決して乗らなかった。とことん彼女とは合わず、高校進学を機に接点は一切なくなった。というか三年生になるともう嵐の話はしなかった気がする。熱しやすく冷めやすい典型的なタイプの人だった。この前偶然彼女のTwitterのアカウントを見かけたが自分の夢に向かって頑張っているようだった。オタクの影は一切なかった。彼女の家にあったグッズはどうなったのだろうか、どこかに売られてしまったのだろうか。彼女にとってあの一年間が黒歴史になっている気がしてならない。そして彼女のように高校受験を機に一切騒がなくなった友人は多い。中には高校一年の夏休み、地元のお祭りに行った時に「まだファンやってるの?」とわたしを笑った者がいた。笑われたって別にいい、わたしはわたしなりに人生を楽しんでる、ほっといてくれとは思ったが。


③可愛い小学生からの友達Cの場合

Cとは家が近いこともあり小学生のころよく遊んだ。ほとんど毎日一緒に下校した。顔が堀北真希に似ていて手足は細くスラーっとした美人である。だけど彼女には天性の面白さがあった。バカをやらせたら校内一だったのではないか、と思う。そんな彼女が中学の頃好きだったのは嵐ではない、山田涼介だ。彼女の家にはよく行き彼女のドル誌の嵐ページはわたしに、わたしのドル誌の山田涼介ページは彼女へと流れていった。お菓子を食べDVDを見ながら延々に自担の話をする。こんな会は高校生になってからも一年に2回程度は開催していた。彼女は高校生になってもオタクを卒業しなかったのである。しかし、高3になってからわたしは彼女と遊べなくなってしまった。受験でとにかく時間がなかったのである。なんとか受験を終え、中学の仲良しグループの集まりに行くとそこに彼女もいた。わたしは彼女に最近どうよ?と言ってみた。可愛い彼女だ、彼氏でもできてオタ卒してるかもしれない。彼女は答えた「実は山田から降りたんだ」と。やっぱり、彼女もか。。と少し寂しく思っていた私の耳に信じられない言葉が入ってきた、「今はJr.を推してる」と。彼女は見事に山田涼介から平野くんに担降りしていた。その頃わたしはもうキンキにずっぽりはまっていたので「あのJr.がキンキの曲歌っててカッコよかったんだよ!」「え、原曲ならあるけど」「貸して!!!!」みたいな会話を楽しんだ。専門学校入学から1年半、彼女はまだジャニオタだ。先日、ガムシャラが当たったと喜んでいた。不測の事態でわたしも行くことになったことは彼女にはまだ言っていない。彼女と共通の話題ができることが楽しみだ。あと彼女の担当、平野くんに関しては「こんな可愛いファンがついてよかったね」と謎目線で感じている。彼女がこの先どんな人生を送っていくのか少し楽しみである。

④わたしのジャニーズの師匠、Dの場合

Dがいなければ私はジャニオタになっていなかったと思う。彼女から私は嵐を教わった。彼女は嵐がブレイクする前から嵐が好きだった。きっとSMAP担の母親の影響もあったのだろうが、わたしの周りで抜きん出てジャニーズに精通していた気がする。そんな彼女に嵐のCDやMD(時代を感じる)をよく貸してもらった、あの歌が好き、あの歌詞が好き、あの衣装が好き、なんやかんや彼女とは話があった。「Believe」から私は自分でCDを買い始めた。世間の嵐熱が加速してきた頃、彼女は違うグループに興味を持ち始めた。「関ジャニ∞」である。「ヤスくんが〜」「たっちょんが〜」という話をよく聞いた。その頃は彼女の中で嵐<関ジャニ∞という構図になっていて話についていけないこともしばしばあった。(当時、わたしは嵐以外のジャニーズに興味がほとんどなかった)
彼女とも別の高校に進学した。彼女とは進学してから遊んだことはなかったし、接点といえばわたしがワクワクのグッズを代行したぐらいである。高校進学から三年、私たちは大学生になった。
去年の年末、わたしはカウコンに行きたいと考えていた。しかしわたしの住む地域にはカウコン後に帰宅することはできない。どこかで電車が動くのを待つしかない。それは一人では到底無理なことである。わたしはダメ元でリア垢で「誰かカウコン行かない?」と呟いてみた。ジャニオタオープンにしすぎかもしれないがとにかく呟いてみた。すると彼女から返信が来た。「行こう」と。

私「あなたカウコン出るグループのFC入ってたっけ?関ジャニ∞でないよ」
D「NEWS入ってるから大丈夫」
私「いつのまに」
D「なんならいまHey!Say!JUMPに興味があるからわたしはカウコンに行くべき」
私「」

2人揃って「でもカウコンだから当たらないでしょ」と思っていたが当選してしまった。わたしにジャニーズを教えてくれた人と行く初現場がカウコンとはジャニオタとして正解かもしれない。蓋を開けてみたらマッチコンだったことは2人にとって深い傷なのでここでは触れないでおきたい。

そして先日彼女と電車で偶然会った。
「どこにいくの?」「NEWSのコンサートだよ」「やっぱりな」「ところであれからHey!Say!JUMPはどうした?」「ファンクラブ入ったしなんならツアー行く」「ジャニオタだな」「ジャニオタだよ」「楽しいな」「楽しいね」

そしてつい先日、彼女は20歳になった。誕生日には彼女の歴代の自担たちをまとめた画像をプレゼントした。またカウコンいこうね、そんな言葉を添えて。



以上がわたしの周りのジャニオタ(だった人)たちだ。②のタイプの人がとても多い。わたしの中学は公立だったため多くの人間が高校進学で今までと全く違う世界に飛び込んでいった。その過程でジャニーズから離れた人の数は多い。しかしその一方でわたしのようにむしろ過熱させてる奴もいる。そんな人たちは中高のときにはなかった財力と時間をフルに利用してジャニオタライフを満喫している。


これから私たちの学年は成人を迎える。そしてこの人生の先には「就職」もあるだろうし「結婚」もあるだろう(と願いたい)。そのタイミングごとにジャニーズから離れる人も出てくるかもしれないし、なんらかのきっかけでジャニーズにハマる人が出てくるかもしれない。人間、皆ジャニオタ予備軍。この熱中している今をあんなことがあったねと青春を共にした友人たちと語れる日が遠い未来くるのだろうか。

とりあえずわたしはまだジャニオタを卒業できそうにないし、卒業したいとも思ってはいない。個人的な思いとしてはDにも卒業して欲しくない。彼女ともうすぐお酒を飲みながら自担を語れる日が来るのが今から待ち遠しい。









キンキ沼に落ちた私に想定外のことが待ち受けていた話




想定外だ。



2013年8月、ひょんなことからキンキ沼に突然落ちた私であるが、最近想定外な事態に頭を抱えている。



わたしはずっと嵐が好きだった。櫻井くんが好きだった。キンキにはまってからわたしは多くのものを愛せるタイプの人間じゃないので(好きなもの一筋タイプ)これからキンキを応援するなら櫻井くんを降りようか、と正直数回考えたことがある。結論から言うと無理だった。中高の青春時代を捧げた(大袈裟)櫻井くんを降りることは私にはできなかった。だから諦めたのだ。まるっと2グループ追いかけてしまおうと。こうして掛け持ち奴が誕生した。


掛け持ちをためらった理由の一つに金銭面がある。わたしの友人が嵐(大野智)と関ジャニ∞横山裕)を掛け持ちしているのだが、その様子がまあ大変そうだった。ちょうど関ジャニ∞がぐいぐい行き始めた時期であり余計そう感じたのだろうが。

今から全キンキ担からのグーパンチを受ける覚悟で言うと当時私は「キンキはそんなに活動多くないから掛け持ちできるだろう」と考えていた(お願いです、卵投げないでください)


茶の間だったわたしにはKinKi Kidsのイメージは「年末にコンサートしてる」「新堂本兄弟やってる」「階段落ちてる」「独特のソロしてる」の4本立てしかなかったんです。これなら嵐と並行して応援できるな、無理せず好きでいられるなって思ったんです。だから櫻井くんから降りないままKinKi Kidsという沼に飛び込んで平泳ぎ始めてしまったんです。ゆったり、ゆっくり、まったり応援できればいいなと。


今の私の感想は

KinKi Kidsだけで3グループ追ってるのと同じやんけ。



全然ゆるくない。びっくりするほどゆるくない。全然忙しい。

まず、自分は「KinKi Kids」の活動だけ追えれば満足できると考えていたんです。ソロは余裕があれば追えばいい、そう簡単に考えていたんです。


去年剛さんがソロツアーをやったときわたしは悩みましたが当時比較的お金にゆとりがあったことと、受験期わたしを支えてくれた剛さんの歌声を大学受かって1年目で聴きたい、そこでわたしの受験を綺麗に完結させたいと思ったこと、この2点の理由で申し込み、無事当選、参加する次第となりました。アルバムを聴いてみてもこの独特の世界観についていけるか不安になりながら足を運んだ東京国際フォーラム


くっそ楽しかった。



剛さんの音楽ってほんとうに「音を楽しむ」って感じで気づいたらピョンピョン跳ねてたし全力で踊ってた、ボッチで。あと剛さんがとてもとても可愛くてそしてかっこよくて時々エロくて。当時の自分のメモ帳をこの間見返したら「二の腕ムチムチ。食べたい」って書いてありました。どんな。

この時点で私は薄々気づいていたんです。


KinKi Kidsってソロもやばくね?


気づいていたんですが気づかないふりをしていました。気づいたら大変なことになるとおもったからです。

そして年末に念願の初キンキコン。まー楽しかった。すごい今でも光一さんの剛さんへの逆サプライズ思い出してニヤニヤできるし、キラメキニシス聞くたびに軽率にシスし。そりゃソロの母体だもん、好きで当たり前。


そして3月、SHOCKを観に行ってしまいました。SHOCKのことはキンキこんなに好きになる前から知ってたしジャニオタなら一度は見てみたいと思う舞台だし、そしてチケット取りづらい舞台でもあるし。その舞台のチケットが比較的手に入りやすい環境にあるなら一回観に行こうと思ったんです。しかし、11月にライブモンスターの番協が初めての生光一さんでそれはそれは自分の想像してたよりお顔が整ってて美人で。そっからのMコン「キラメキニシスでオタクがシス」事件から光一さんガチ恋期を引きずってたんです。そんなわたしがSHOCKを見たらどうなると思います?



言葉にならなかった。



好きが募りすぎてなんか目の前にあるよくわからない川を渡ろうとした。向こう側行こうとした。その勢いでSHOCKのBlu-rayと買ったまま手をつけてなかったmirrorのコンサートDVD見ちゃったんです。


KinKi Kids堂本剛堂本光一も全部追いたい。



そう思ってしまったのが3月の終わりです。正確にはその気持ちを見て見ぬ振りするのをやめたんです。


その自覚した年に剛さんのソロコンも光一さんのソロコンもあるなんて何か試されている気さえしました。もう純粋に行きたい!しかなくて。迷わず申し込みをしました。


すごい好きになった時、沼にはまった時には全然想定してなかった未来がここにある。ナビダイアルを300回掛け続けてる今がここにある。剛さんのソロのチケ代の振込用紙を書き込んでる今がここにある。KinKi Kidsの曲を聴きながら。ここまではまることも想定外だがここまで楽しいのも想定外だった。KinKi Kids(3グループ)と嵐を追いかけてる今、私はとっても楽しい。






ARASH BLAST in Hawaii〜わたしとハワイとの和解〜

ハワイ

あの日の朝のことをわたしは忘れない。「嵐、15周年コンサートはハワイで」そんな見出しが紙面に踊り、アロハシャツをきてアロハ〜ポーズをした嵐が載せられていたあの朝を。嘘だろと思った。誰も予想できない15周年の記念コンサートだった。収容人数なんて考えるまでもなく行けなかった。運より時間より、お金という一番どうにもならない問題で諦めざるを得なかった。

わたしはこの15周年という一つの区切りをすごく楽しみにしていた。なぜなら10周年のときは好きだったが親に止められていたのでファンクラブには入っていなかったし、まだ好きになりたてだった。わたしは嵐がブレイクした時にファンになった類の人間である。10周年出は永遠の新規と呼ばれているかどうかは知らないが、その類の人間だ。だから10周年のとき、彼らがどんな10年間を過ごしていたかは情報収集するしかなかった。だから10周年のコンサートに行けなかったことはFCに入っていない以上どうしようもないことであるが、なにより10年間応援してた人が一番見るべきコンサートだと思っていたので自分がその場に行けないことはそこまで憂う事態ではなかった。でもその時決めていたのだ。この先の五年は彼らがどう走るかちゃんと見ていようと。15周年のコンサートにはちゃんと彼らの言葉の意味を噛み締められるように、と。時間は戻せないからどんなに臨んだってデビュー当時からのファンになることはできない。永遠の新規だと言われようが自分が少しは誇りを持てるように5年間は彼らを愛していこうとそう決めていた。中高でファンだった友達は青春を違うものに捧げるようになっても、わたしは彼らから離れられなかった。意地を張っていたわけでもなく、5年間彼らは毎日毎日魅力的だったから自然にずっと愛していた。だから。だから私にとっても15周年は区切りだったのだ。15周年を心待ちにしていたのだ。


その5年間楽しみにしていたコンサートが発表された時点で参加することが100%不可能だと悟る辛さ。なんで、どうして。わかっていた、ハワイでライブできることがどれだけすごいことなのかも。わかっていたつもりだった、自らの意思でなくデビューした彼らが15年経ってその地に戻りステージに立つ意味を。それでも素直におめでとうと言えなかった。おめでとうと言えない自分が悲しかった。


ハワイ関連の取材が増えた頃、櫻井くんが「ハワイでコンサートをやる本意は僕らにしかわからないと思う」(ニュアンス)という発言をした。わたしは櫻井くんが紡ぐ言葉が大好きだが、これは悲しかった。ハワイに関わらず彼らがステージに立つ意味は彼らにしかわからない。それは当然のことだ。だけど、だけどせめて、行けないならせめて、その思いを知りたかった、寄り添わせてほしかった。


個人的にハワイに対してモヤモヤとした気持ちを抱えていた時にハワイのライブビューイングが発表された。これならリアルタイムで彼らのステージを感じることができる。わたしは浮き足だった。応募方法は一般のみ…。嫌な予感がした。全国で行われるだろうからまさか外れることは…………外れた。ボロボロに外れた。全滅だった。スクリーン越しに彼らのステージを見ることさえできなかった。


ハワイ公演を終え、嵐のレギュラー番組はこぞってハワイ特番を組んだ。メンバー各々に好きなことをさせてくれた日テレ、五人にまとめてハワイを満喫させてくれたフジテレビ、櫻井くんの驚愕の生態を見せてくれたTBS、どれも番組としてとても楽しかった。

そしてドキュメンタリーをみせてくれたNHK。この番組はコンサート自体に密着していたこともあり非常に濃い内容だった。世間の持つ「仲良し嵐」だけではない、仕事をしていく上での諍い、葛藤、悩み、絶対そこでみせてくれたのは彼が抱えてるもののほんの一部分かもしれないが、ある意味、生身の人間らしい彼らの言葉にとても安心したのを覚えている。そんな映像を見せられた後番組後半で流れた「GUTS」。雨に濡れながらこの歌をハワイの地で歌う彼らの表情には何か胸に込み上げるものがあった。その何かがわからなかった。なぜなら、わたしはまだ彼らの15周年をほんの一部分しか見ていないのだから。NHKのドキュメンタリーはリアルタイムの一回だけで繰り返しての視聴はやめた。いつかハワイ公演のDVDが出たとき、その時に見返そうと。わたしはすぐに番組をBlu-rayに録画しそのディスクを棚へとそっとしまった。


そしてやっと我が家にハワイのBlu-rayが届いた。フラットな状態で観たかったのだが、先日の櫻井翔の夜会により自分が自分の想像する数倍重たいオタクだということを自覚してしまった。その上での感想文である。多分重い。絶対重い。


OPでヘリで登場した嵐。青い海、青い空、そこに浮かぶヘリコプターにサングラスをかけてTHE アイドルな嵐がいた。OPからただでさえ非現実的なハワイでのライブをより非現実的なものにしてきた。ライブ=儚い夢だと考えている私にはなんともたまらない演出だ。ヘリから降り立ってからは、ほんとうに櫻井君しか見えない。あのサングラスから確信犯的につぶらな瞳をのぞかせた櫻井翔。ずるい、これ以上虜にしないでくれ。

一曲目、A・RA・SHI。15年前、この地に来た時にはサビぐらいしかできていなかった曲。ハワイという地まで連れてきたファンを眺め、わたしでは言葉に表せないような表情をして歌い出した嵐。15年たって胸を張ってそのデビュー曲でハワイの記念コンサートを始めた嵐。もうこの時点でわたしの胸はいっぱいであった。

LIVEが進むにつれてわたしは櫻井くんしか見えなくなった。仕方ない。基本的に櫻井くんのことを思い、この5年間過ごしてきたのだから。

いつものLIVEの櫻井くんのイメージは一帝国を束ねる皇帝であった。「今日も我が国は栄えておるなぁ」という風に客席を見渡す姿に何度ときめいたかわからない。お手振りはまるで王室のよう(我が家ではロイヤルと呼ぶ)。その櫻井くんがこのLIVEでは余裕のない顔をしていた。いつもの櫻井くんとの違和感。ここで思い出す、ハワイ公演の前の櫻井くんの言葉。そう、このステージに立つ意味は本人にしかわからない。わたしには想像することすらできない15年間が彼らにはある。わたしたちが見れない部分も含めた15年間がある。櫻井くんの表情はそのことを強くわたしに意識させた。噛みしめるようにラップを歌う姿。メンバーを見て和らげる表情。「GUTS」を歌いながらあんな顔で笑わないでくれ。涙が出てきてしまうじゃないか。


極め付けは「season」だ。あんな表情知らない。涙を流していないだけで泣いてるじゃないか。

「ひらひらと花が舞う頃  旅立ちを決めた思いは  いま  誰のためでもなくて」

願ったデビューでもなかった。もっとデビューしたい人がいるのに自分がデビューしていいのか。もっとこのステージに立ちたい人がいるんじゃないか。そんな葛藤を抱えた青年が、15年たってデビューの地にたってこの歌を歌う意味を重みを。きっとあのままジャニーズを止めていたら、アイドルを辞めていたら、今頃一流企業に就職して電車に乗って会社に行き帰ったら奥さんと子供が待ってる、そんな日々を今頃送っていたかもしれないね。「もし 僕が嵐じゃなかったら」あの当時スーツ姿に萌えることしかできなかったCMが今見ると、とてつもなく切ない。もし、なんていったら測りきれないけど普通の幸せな生活を送っていたのかもしれない。でも彼はステージに立っている。その彼に恋をした。彼はずっとステージに立っている。あなたが誇りを持ってその歌詞を歌っていると信じている。ファンとして勝手に。そしてファンとして勝手に追いかけたい。ずっと恋していたい。多分ずっと特別。きっと特別。


やっとわたしとハワイは和解した。やっぱり贅沢を言えばリアルタイムでこの感情を味わいたかったけど。半年遅れの「15周年おめでとう」がやっと言えた。次の節目は20周年おめでとうだね。どんな形でもいいから立ち会いたいな。あと5年。もう息を吸って吐くように彼らが生活に馴染んでしまったから気づいたら5年たってしまっているのでしょう。どんな景色がみれるかと今からワクワクしている。どんな速度でもいいから、たまにはゆっくり休んでもいいから五人で。そう五人で歩いて行ってください。その姿を一ファンとして楽しみにしています。

おめでとうと言いたくて。

KinKi Kids 堂本剛



好きな人が誕生日を迎える瞬間が好きだ。なぜか数日前からそわそわする。そして0時を回った瞬間、Twitterではその人への愛で溢れる。その人が生まれてきてくれた感謝、その人を育ててくれた環境への感謝、同じ時代に生きれた喜びでタイムラインが溢れる。いつも見ていると時間を忘れてしまう。そんな時間が大好きだ。


いつも好きな人を褒め称え続けていタイプじゃない人もその日ばかりはその人へのまっすぐな愛で溢れる。それはきっと第三者がみたら「何を言ってるんだ」と思う内容だろう。それでいい。同じ人を好きな人同士が「感謝」と「祝福」の同じ気持ちで溢れているのが大切なのだ。一年に一度しかない、その人が生まれてきたことをまっすぐに祝える時間、それが好きなアイドルの誕生日だ。



4/10.0:00  わたしは大学の課題の手を止めTwitterを開いた。KinKi Kidsのアカウントを本格的に使いだしてから迎える初めての剛さんの誕生日。この大好きな時間の始まりにまずは自分の気持ちをツイートした。


剛さんがいなければKinKi Kidsの音楽に出会えなかった。受験の夏、もしかしたら立ち直れてなかったかもしれない。去年は剛さんの誕生日も新生活でいっぱいいっぱいで満足に彼に想いを馳せることができなかった。しかし、今年は違った。数日前から彼の誕生日を見据え、Twitterの文字数に想いを詰められるだけ詰めることができた。そしてタイムライン上には同じく剛さんを祝う人がたくさんいた。様々な愛の形。様々な文章。それぞれがそれぞれの愛し方で、それぞれの文章で剛さんの誕生日を祝っていた。その一つ一つを大切に読んでいた時だった。アルバムの発売が発表された。数日前に出ていた早売り情報をわたしは聞いていないことにしていたので本当に誕生日に発表されたことが嬉しかった。我々がするお祝いは自己満足なものだと思っている。「ファンの子」が祝ってくれてるとアイドルも思ってはいてもその一つ一つは届かない。行き先のないラブレターのようだと思う。アルバムの発表はそんなラブレターに「ありがとう」と返信がきた気がした。こんな感覚は初めてだった。こちらからできるだけたくさんの愛をラッピングしてプレゼントとして届けたいのに、彼からプレゼントを受け取ってしまった。さらに昼間にはツアーも発表された。彼の音楽に生で触れられる空間に行けるかもしれない。またプレゼントを届けてくれた。ありがとうが止まらない。こんなにありがとうに溢れた4月10日は初めてだ。自分からの「ありがとう」、同じ人を好きな人みんなの「ありがとう」、そしてその人からの「ありがとう」。数年前まで4月10日がこんなに愛おしい日になるなんて思ってなかった。きっとこの先ずっとこの日はバカみたいに愛おしい。自分でも家族でも友人でもなく、この広い空のした届かないところで笑ってるあなたの生まれた日がとてつもなく愛おしい。そして「ありがとう」を伝えてくれる、愛に溢れたあなたを好きになれて本当に良かった。



生まれてきてくれてありがとう。

生きててくれてありがとう。

歌ってくれてありがとう。

音楽を届けてくれてありがとう。

愛に溢れたあなたへたくさんの愛が注がれますよう。


梅芸に行きたい。

堂本光一 舞台 KinKi Kids


梅芸に行きたい。




先日ある方と「梅芸あったら飛んで行きたいわ〜」私「梅芸行ったら遠征費で1SHOCKできちゃうので悩みます( ;  ; )」なんて会話をしていた。


正直言うとそこまで遠征に乗る気ではなかった。遠征費で帝劇1SHOCKできるというのは貧乏大学生にとってなんとも見逃し難い現実だ。



しかしだ。わたしは先日ある方の去年の梅芸のSHOCKの感想を読んでしまった。去年の梅芸、それは内くんがライバル役のSHOCKである。わたしは今年の帝劇が初観劇だったし持っているBlu-rayのときのライバル役もヤラだったので、ヤラ以外のライバル役を知らない。そしてふぉ〜ゆ〜。福ちゃんと越岡くんを見れなくなってしまうのは非常に悲しいが、辰巳くんと松崎さんがSHOCKの舞台に立ってるのはBlu-rayでしか見たことがない。またリカ役も変わるという。エマちゃんのリカ役がとても好きだったのでそこは少し悲しいが。ということは梅芸で行われるのは先日見たSHOCKとはまた違うSHOCKであり、わたしがまだ見たことのないなのである。わたしはそのことにやっと気付いた。気付いてしまった。


純粋に見たいという強い欲求が湧いてしまった。舞台というものは生で見るべきものである。Blu-rayのSHOCKは初観劇で視点パニックを起こした私には非常にありがたい代物であったが、でもやはりそれは映像の世界である。生には及ばない。もはや知らない方が幸せだったかもしれないと思うほど、舞台の魅力を知ってしまった。そして今回の梅芸でのメンバーのSHOCKは今年限りかもしれない。いや、今年限りだろう。全く同じメンバーで全く同じ演出で「次」があることはあの舞台ではないのだろう。ならばそれを見たい。生で。あんだけ悩んでいた遠征費問題も吹き飛ぶぐらいの強い衝動だった。



今年の春休みはほとんど遊ぶ予定を入れず馬鹿みたいにバイトしていた。SHOCKという楽しみがあったから頑張れた。しかし16日の観劇を終えて次の大きな楽しみがなくなってしまった。その状況下でのバイトは辛かった。一般的な女子大生ならば「かわいいお洋服を買うため♡」とかいう目標もあるのかもしれないが、低身長のため着られる洋服が限られるわたしにはそんなの全く魅力的ではない。中学のときからずっと辛い定期試験勉強も高校受験も大学受験もアイドルのありとあらゆることを楽しみに生きてきたから……それ以外の生き方わからないから………(泣)
そんなわたしだから、たった今、明日のバイトへの活力を手に入れてしまった。今日のお昼頃には鬱で仕方なかったのに。梅芸SHOCK。9月にまではまだ時間がある。そして9月までにはまた夏休みがある。いくらでも働ける。お洋服を買ったってバッグを買ったって友達とご飯行ったって梅芸SHOCKに行ける程度には働ける。



ここまで梅芸への強い思いを綴ってみたがお金よりどうにもならない問題が一つ残っている。

同行者。


今年20歳になるし、一人旅もできなくはないが大阪という一度も踏み込んだことそない土地に一人で行くのは怖い。結構チキンなのだ。悲しいかな、周りにキンキ担がいないこの状況。だれかを旅行ついでに連れて行こうか、だがしかし強い興味がなければ舞台の高いチケットをかわせるのは申し訳ない。SHOCKは観る価値のとてもある舞台だと思うが、それだけで同じ貧乏大学生の友人にチケ代を求めるのはさすがに厳しい。だからといって奢るのはもっと厳しい。ぬぬぬ。



だが、前述したように9月まで(申し込みはもっと早いだろうが)は時間がある。それまでにどうにかしてこの問題を解決してまた座長に会いたい。こんな強い衝動は初めてだ。やっぱりキンキを好きになってから毎日が楽しい。この衝動さえも愛おしいのだ。