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自担の熱愛報道を受けて思うこと。

ジャニーズ

 

8年ぐらい櫻井担をやっててこんなに信ぴょう性のある報道は初めてだった。今までは東○ポに「いや、ネタだろ?」という報道を流され、某金曜日さんが張り込めば女の姿を見せず、挙句には私服がダサいことを記事にされる愛おしさの塊こと櫻井くん。そんな記事ばっかりだからオタクに免疫なんてあるわけもなく。いきなり花粉の季節に杉が生い茂る場所に連れていかれた気分。いや?目痒くね?鼻水めっちゃ出ねえ?止まらなくね?みたいな。一報を聞いた時から心がズッフルボッコ状態。

 

櫻井担の子たちとよく櫻井くんが結婚する日を「X day」と呼んでいた。どうしても家庭を持たないあの人は想像できなかった。とってもとっても「家庭」「旦那」という響きが似合う人。櫻井翔っていうのはそういう人だから。まあまだ結婚じゃないけどそれなりに信憑性のある報道が出るのがこんなに早いなんて。嵐最近すごいでるね、さすが30代半ば(ヨッ)櫻井くんのことは何も知らないけど、でも櫻井くんが撮られるってことは撮られてもいい相手ってことな気がしてならないからそういうことなんだろうなって心がずっと痛い。今も文章打ちながら泣いている。

 

自担に熱愛報道が出た人が「いや○○よりはいいでしょ」とか「うちなんて○○だよ?」とか言ってくるけど、ちがうんだよ。相手が誰とかいい女性とかとんでもない女とかそうじゃなくて。この「痛い」は、わたしの「痛い」だからあなたの「痛い」と比べないでほしい。同じ櫻井担の中にも「お似合いじゃん!」派がいたり「櫻井くんの幸せを考えよう」派がいたりする。それは各々の応援スタンスでありそれをどうこう批判するつもりは全くない。だからその考えは同じ考えの人と共感してくれ。「なんで幸せを願えないの?」ちがうそうじゃない。わたしだって櫻井くんに幸せになってほしい思いはずっとある。「もし結婚したときに喜んであげるのが本当のファン!」うん、言いたいことはわかる。でも泣いてはいけないのか。つらいと言ってはいけないのか。ずっとずっと好きだった人に、そのひとの「一番」ができたことにさみしいと感じてはいけないのか。

 

櫻井くんの彼女になりたいとか、お嫁さんになりたいとか、婚姻届提出しに行きたいとか、住宅展示場いきたいとか、ローン組みたいとかそんなこと思ってるわけじゃない。いや、できるもんならしたいけど、本気で願ってるわけじゃない。空飛びたいな、ぐらいの感覚。ファンタジー的な感じで考えてるだけでそれをリアルに投影したりはしない。「じゃあ何が悲しいの?」って言われて明確な答えなんてない。強いていうなら、ずっとずっと好きだった人がたった1人愛する人が社会的に決まってしまう寂しさかもしれない。オタクのエゴでワガママ。そんなことわかりきってるのに心は痛い。なんだか痛い。好きな人の幸せを祝えない自分に対する苛立ちだってある。好きな人に散々幸せにしてもらってそのひとの私生活の幸せを祝えない、そんな自分も嫌だ。

 

どうかお願いです。こういう「祝えない人」はそっとしておいてください。フラってツイッターから消える人もいるかもしれません。その人が帰ってきた時は自分の気持ちに整理がついた時です。それは決して傷が癒えたわけではありません。見ないふりをできるようになっただけです。だからその話題はわざわざ振らないでください。お願いします。

 

 

何が言いたかったかわからないけどとりあえずしんどい。油断すると泣きそうになる。でも櫻井くんのために使ったお金や時間を後悔したりしてるわけじゃなくて、好きで好きで好きで好きで嫌いになれないからしんどいんだと思う。そして明確な理由がわからないからしんどいんだとも思う。文章にしたら少しスッキリしたから寝よう。明日も5時に起きてバイトに行く。地球は回る。

 

「幸せってなんなの?笑顔溢れること」そうだね。少し笑顔になるために時間をください。